千葉地方裁判所 昭和31年(行)9号 判決 1958年6月28日
原告 堺市五郎
被告 千葉県知事
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、被告が原告に対し、昭和三一年三月一九日千葉県指令失第五二号をもつてなした「昭和二九年六月十五日附の失業保険任意包括加入の認可は昭和三一年三月一九日以降はこれを取消すとの取消処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、
原告は肩書地において漁業を営む長寿網丸の事業主であるが、原告はその雇用する従業員等を失業保険の被保険者とするため、昭和二九年六月一五日被告に対し失業保険法第八条に基き失業保険任意包括加入の申請をなし、同年八月五日被告より同年六月一五日以降原告の雇用する労働者を包括して失業保険の被保険者とする旨の認可を受けて、失業保険法の適用事業主となり、原告の雇用する従業員等は被保険者たる資格を得て、失業保険制度の適用を受けて来た。ところが被告は、昭和三一年三月一九日原告に対し、千葉県指令失第五二号をもつて、「昭和二九年六月一五日附の失業保険任意包括加入の認可は昭和三一年三月一九日以降これを取消す」旨の前記認可の取消処分をなし、そのため原告は失業保険法の適用事業主たる資格を取消され、従業員等は被保険者たる資格を喪失せしめられた。しかしながら、原告は認可後監督官庁の指導に従つて失業保険法に規定する義務を誠実に履行し権利を行使して来たもので、何等の義務違反も為さないのに、又認可の取消を正当化する条理上(公益上)の必要も存在しないのに被告が原告に対し、前記の如く失業保険任意包括加入の認可を取消すことは、原告及びその従業員等の失業保険法上の既得権利を侵害するものであり、違法な行政処分と云うべく、原告はこれの取消を求めるため本訴に及んだと述べ、
被告の主張に対し、
第一、本件任意包括加入の認可は被告の主張する様に取消権(撤回権)留保の附款つきのものではない。即ち、原告は被告に対し、誓約書と題する書面を提出したことはあるが、これは単に、原告が失業保険適用事業主として認可された場合には、失業保険法上の義務違背、権利濫用等の行為を為さないと云う誠実義務の確認的意味を有するに過ぎずして附款附の行政処分がなされたのではないそのことは被告よりの前記認可の通達書(昭和二九年八月五日附千葉県指令第二七六号)自体にもかかる附款的記載が何もないことからも明である。
仮りに本件認可が附款附認可であつたとしてもかかる附款は左の理由で無効である。即ち(イ)本件の如き附款附認可は失業保険法上の根拠がないから附款の部分のみ無効である(ロ)「季節的、周期的に離職者を発生させた場合には認可を取消す」との右附款の内容は被保険者が失業した場合に失業保険金を支給してその生活の安定を図ることを目的とする失業保険法第一条に反する(ハ)かかる附款の内容は憲法第二五条、第九九条にも違反する。
仮りに本件誓約書記載の如き附款附認可が許されるとしても原告には誓約書の記載に違反するような事実が何もないから被告の主張は失当である。即ち、昭和三〇年九月頃、原告が鰯漁不況のため従業員を解雇し、大量の離職者を出したことは認めるが、これは季節的、周期的なものではない。離職者の発生が季節的周期的であるか否かは認可後の経過について判断すべきであるが、季節的周期的と云うためには、同一現象が少くとも数回連続的に法則的に反復されることを必要とする、唯一度だけの場合は勿論数回連続的に発生しても、不規則な場合は季節的周期的と云う概念にあてはまらない。認可後原告が離職者を発生させたのは唯一度のことである。尤も認可前である昭和二七、八年の二年間秋頃離職者を発生させたことはあるが昭和三〇年九月の離職者と、昭和二七、八年のそれとは全く発生事情を異にするのであるから、両者を同一に論じ、相関連せしめて「原始産業たる水産業に免れ難い季節的、周期的雇用変動による離職者の発生」と断ずる事は出来ない。この点を詳述すれば、原告は、鰹漁用の餌として使用する鰯の揚繰網漁業を主たる事業となすものであることは被告主張の通りであるが、元来鰹漁は毎年秋頃がシーズン・オフに当るため餌としての鰯の需要もその時期に減少するのが常であつた。そこで昭和二六年以前においては、原告はこの期間を、主に鰯加工(煮干、魚肥製造)を行つて切抜け、創業以来数十年間未だ一年たりとも季節的、周期的な離職者を発生させたことはなかつたが、たまたま昭和二七、八年の二カ年は、原告が右鰯加工を都合により休止したため、秋頃離職者を発生させたのである。即ちこれは人為的な休業に基因するものである、しかし昭和二九年頃からは鰯が鮪漁の餌としても利用されるようになつたので、鰹、鮪各漁季の関係から年間を通じ平均した需要が継続することが判明した。前記誓約書はかかる事実に立脚し、今後原告の事業がより一層安定した基礎の上に営まれ、水産業に宿命的な雇用の季節的、周期的変動も避け得る見透しのもとに作成提出されたものである。しからば昭和三〇年九月の大量離職者の発生は如何と云うに、右は同年春頃から起つた千葉県沿岸一帯にわたる数十年来未だなかつたような鰯の異常不漁という例外的偶然的事態に基因するものであつて決して被告が主張する如く季節的、周期的に発生する可能性のある離職者の発生ではない。原告は昭和三一年以降現在まで一年を通じ少しの離職者も出さず安定した事業を継続しているのである。要するに鰯そのものには季節的、周期的な不漁と云うことはなく、昭和三〇年度の不漁は数十年来唯一度のことであり又鰯に対する需要も昭和二九年以降年間を通じて平均しているのである。唯一度の昭和三〇年九月の離職者の発生を以て、発生事情の全く異る昭和二七、八年のそれと結びつけて季節的、周期的離職者の発生となすことは断じて不可である。
第二、(1) 被告は本件認可の取消処分については、あらかじめ原告が誓約書の提出して同意していると主張するもののようであるが、誓約書の提出の意味は前記(一)の冒頭に記載の如く失業保険法上の義務の確認たるに止まり取消の同意とは全く異つた行為である。仮りに季節的周期的に離職者を発生せしめた場合に認可を取消されることに同意があつたとしても、原告は前記の通り季節的、周期的離職者を発生させたことがないから本件取消は違法である。
(2) 被告は又原告の義務違反を理由に認可取消の適法性を主張するが、原告は上記の如く何等失業保険法上の義務に違反して離職者を発生せしめたことがなく又権利を濫用したこともないから右主張は理由がない。
(3) 次に被告は、取消によつて相手方の受けた不利益に比し公共の受ける利益を大なりとするときは相手方の既得権益を侵害しても当然に行政処分を取消し得るとし、本件の場合はそれに該当すると主張して数字を挙げ説いているが首肯するを得ない。何となれば昭和三〇年秋における原告事業の離職率は、月九、一六パーセントを示し、被告主張の離職率基準値〇、九五パーセントにくらべると遙かに高率であるが、具体的には僅か七〇数名の離職者の発生に過ぎない。もちろんこの程度の離職者の発生であつても、それが季節的、周期的に繰返されたならば、失業保険制度全体に与える影響は決して無視出来ないかもしれないが、本件の如く、たつた一度の離職者の発生によつて、失業保険制度そのものの基礎を危くし、ひいては我国産業経済の衰微を招来するとはとうてい考えられない。要する公益上の理由から本件取消は適法である旨の被告の主張は、原告が季節的周期的に離職者を出したことを前提とするものであるところ右前提は欠けているのであるからその余の点を考えるまでもなく理由がないと述べた。(立証省略)
被告指定代理人は、主文同趣旨の判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実中、原告が肩書地において長寿網丸なる商号を用いて鰯揚繰網漁業を営む事業主であること、被告が原告よりの昭和二九年六月一五日附失業保険法第八条に基く失業保険任意包括加入の申請に対し、同年八月五日、原告の雇用する労働者を同年六月一五日以降失業保険の被保険者とする旨の認可をなしたこと、被告が昭和三一年三月一九日原告に対し原告主張のとおり認可の取消処分をなしたこと、右認可取消処分により原告が失業保険の適用事業主たる資格を奪われ、その従業員等が被保険者たる資格を喪失したことは認めるが、その余の事実は否認する。
原告の営む鰯揚繰網漁業は、失業保険法第六条第一項第一号但書のロ、に該当するが、かかる事業に雇われる労働者を当然に同法の適用を受ける被保険者とせず、被保険者となるためには同法第八条によつて労働大臣の認可(失業保険法の規定による事務で都道府県知事に行はせるものを定める政令によつて、都道府県知事にその事務は委任されている)を要するものとしているが、その理由は、元来水産業等の原始的産業にあつては、事業の継続性に乏しいものが多く、又季節的、周期的に労働者は雇用され、解雇される例が多いので、もしこれ等の労働者をも当然に被保険者とする時は、これ等の者に対する保険金給付は、それ以外の失業の危険の少い事業に雇われている労働者やその事業主の負担において行はれることになつて失業の危険の分散が不公平となり、保険事業そのものの基礎を危くすることになる。従つて水産業等の原始的産業に雇われる労働者が失業保険の被保険者として認可せられるためにはその事業に継続性があるとともに、右事業所における離職率が失業保険法第三十条の保険料率算定の基礎となつた離職率(被保険者中離職して公共職業安定所に出頭する者の年平均一ケ月の率は〇、九五パーセントである)と略々同等であることが要求せられ、もし事業の継続性に乏しく又その事業所における離職率が前記保険料算定の基礎となつた率を越えると認められる場合は認可せられないのである。
第一、ところで被告が原告の任意包括加入の申請に基いて、その業態を調査したところ、昭和二七年九、十、十一月と昭和二八年九、一〇月に大量の離職者を発生せしめていて、その限りにおいては任意包括加入の要件に該当するとは認められなかつたのであるが、原告において昭和二九年からは鰯は鮪漁にも餌として使用されるようになつたため年間平均してその需要をみるに到つたから、今後は例年のような大量離職者を発生せしめるようなことはしない。今後とも依然季節的、周期的に離職者を発生せしめた場合は認可を取消されても異議ないと誓約書まで差入れたので被告は将来季節的、周期的に離職者を発生せしめた場合は、認可を取消すことあるべき旨の附款を附して認可したのである。
しかるに原告は認可後僅かに八ケ月経過したに過ぎない昭和三〇年二月には事業不振のため全員解雇したと称して館山公共職業安定所に離職票用紙配付方の請求をして来たことがあり、この時は原告において一たん労働者を解雇したが再び漁期に至ればこれを雇入れるものである事情が判明したので、被告は休業として取扱うよう教示し、もしあくまで解雇を撤回しない場合は認可を取消すことがある旨を注意したところ、原告は解雇を撤回して休業としたため、保険給付はこれをみずしてすんだけれども、それより後七ケ月にして同年九月には再び総従業員九二名のうち八〇名の大量解雇を行うに至つたのである、右同年九月の解雇は過去昭和二七、八年の実績に照して明らかに季節的な解雇であり、認可に附した附款の場合に当るものであるので、被告は昭和三一年三月一九日これが認可を取消し、原告をして適用事業主たる利益を将来に向つて失はしめたのである。
第二、仮りに被告の認可が取消権を留保する旨の附款のついたものでないとしても本件認可の取消処分は有効である、すなわちおよそ行政処分は公益の実現を目的とするものであるから事情の変遷に即応し、その結果が常に公益に適合することを必要とする、従つて一旦適切有効に行政行為がなされた後において事情が変つてそれを存続せしめることが公益に適合しなくなつた場合においては、これを取消すことができるものとされている、唯問題は行政処分の取消によつて相手方が既に得た権利や利益を失う場合であるが、この場合でも相手方の同意があるか、同意がなくても取消の必要が相手方の義務違反乃至義務不履行等相手方の責に帰すべき事由によつて生じた場合、または公共の福祉から言えば取消を必要とし取消によつて相手方の蒙る不利益に比して公共のうける利益を重しとする場合であれば、これを取消し得るものと解する。
(1) ところで原告並びにその被用者達は、かかる取消について予め同意しているものである、被告は答弁の冒頭において失業保険の任意包括加入申請認可の基準について述べたが、被告が本件認可にあたり最も懸念したのは右基準を越脱し離職率の極めて高いものを加入せしめて失業保険制度を乱してしまうことであつた、もしかかるものを加入せしめたことが後日判明した際には、これを構成員から除外することは公益上必要なことであると考えた、それ故被告は原告からの任意包括加入の申請をうけた際原告自身にそのことを充分説明したのみならず、その被用者達にもその徹底方をもとめた結果原告並びにその被用者達はこれを了解して、かかる事態を生じた折は認可を取消されても異議ない旨誓約書を差入れたものであるから、原告並びにその被用者達は、かかる事態が生じた場合には被告が認可を取消すことについて事前に同意しているものと言はなければならない。
(2) 仮りにそうでないとしても、原告は前記第一の後半において述べた通り季節的、周期的に解雇をくりかえし、失業保険制度上当然守らなければならない義務に違反しているものであるから、被告のなした認可の取消は適法である。
(3) 仮りに原告に右義務違反がないとしても被告の原告に対してなした取消によつて原告及びその被用者の蒙る不利益よりもこれによつてうける公共の利益を大とする。蓋し原告が前記の如く季節的周期的に離職者を発生せしめ、その離職率は、保険料率算定の基礎となつた離職率たる年平均一ケ月の率〇、九五パーセント(答弁の冒頭参照)とは比較にならぬ年平均一ケ月九、一六パーセントの高率(九二名中八〇名解雇)を示した以上、これを失業保険の構成員として包摂し続けることは任意包括加入申請認可の基準を乱し延いては失業保険制度の運営及びその発展を阻害するからである、よつて被告のなした認可の取消は適法であると述べ、尚本件認可が附款つきではないとの原告の主張に対し失業保険法第八条による任意包括加入の認可は行政庁に自由裁量を認められている行為であるから、失業保険法上、認可に附款を附しうる旨の明文がないからといつて附款を附し得ない訳はない、又昭和二九年八月五日附の認可書に取消権留保の附款が明記されていないことをもつて、直ちに右認可が附款のない単純無条件のものであつたということにはならない、なんとなれば失業保険法上、任意包括加入の認可はこれを書面でしなければならないとの規定はないから口頭によつても、これをなしうるものであるからであると述べた。(立証省略)
理由
原告が肩書地において、長寿網丸なる商号を用いて鰯揚繰網漁業を営む事業主であること、被告が原告よりの昭和二九年六月一五日附失業保険法第八条に基く失業保険任意包括加入の申請に対し同年八月五日、原告の雇用する労働者を同年六月一五日以降失業保険の被保険者とする旨の認可をなしたこと、被告が昭和三一年三月一九日原告に対し右認可は同日以降はこれを取消す旨の取消処分をなしたこと、並びに右認可取消処分により原告が失業保険の適用事業主たる資格を奪われ、その従業員等が被保険者たる資格を喪失したことはいずれも当事者間に争がない。
しかして認可の取消の結果原告は失業保険の適用事業主たる資格を奪はれることにより、その従業員等は被保険者たる資格を喪失することにより失業保険法上の利益又は権利を将来に向つて失うことは勿論であるから、行政処分庁たる被告がみだりに認可の取消(撤回)をなし得ないことは明である。
被告は取消の適法性につき本件認可は撤回権留保の附款づきである、そうでないとしても原告は予め撤回に対し同意している旨主張するので審按するに成立に争のない乙第一号証の二、三、同第二、三号証、同第五号証同第一〇号証証人三瓶一馬、蛭間晃、青木太郎の各証言及び証人石持秀男の証言中従業員代表が誓約書に署名捺印するについては従業員等と相談の結果であるとの部分と総合すれば失業保険任意包括加入の希望は原告事業所の従業員等から起り、従業員組合幹部が原告に勧めて被告に対し前記日時に加入認可の申請を為さしめたのであるが、千葉県下に於ては農林水産業を営む事業主から右加入認可の申請のあつたのは初めてであり、しかもこれより先昭和二九年四月中労働省職業安定局長から千葉県知事宛に「農林水産業等失業保険の季節的利用の甚しいもの等に関する任意包括適用の取扱について」と題し毎年季節的に又は常時循環的に離職者を発生させるものとの疑あるものについては新規の加入認可は差し控えること、既に加入の認可を受けておるもので改善の見込のないものは認可を将来に向つて取消すこと等の趣旨の通達があつたので、被告の下僚たる失業保険課係員は原告からの加入認可の申請を処理するに当つて特に慎重な態度を採ることとし昭和二九年七月頃監察官三瓶一馬をして原告の事業所につき調査せしめたこと、三瓶監察官は原告の事業が前記通達に所謂「季節的循環的に離職者を発生させるもの」に該当しないかどうかに中心点を置き雇用関係賃銀支払関係等について事業の実態を調査したところ、原告の事業所においては昭和二七年の九至一一月と昭和二八年の九、一〇月に賃銀の支払が非常に少かつたのを発見しこれに疑問を抱いて質問したところ原告及び従業員組合幹部等は漁がなくて出漁しなかつたので賃銀の支払は少かつたが、解雇したのではない。尚今後鰯は鮪漁の餌としても売れるようになつたから将来は漁を休むということがなくて済む旨述べて極力加入認可を希望したので三瓶監察官は同人等の言を信じ原告の事業の実体は一応加入認可の基準に達するものと考えたが、尚前記職業安定局長通達の懸念するところに該当しはしまいかの疑問も無くはなかつたので結局季節的循環的に離職者を発生せしめるという事態が起つたときは将来に向つて認可を取消し得る旨の附款づきで認可すべきものとの結論に達し、帰庁後上司にその旨報告したこと、しかして其の後被告の下僚たる失業保険課長等は右報告に基いて事務を処理することとなつたがその形式としては原告から季節的循環的に離職者を発生せしめた節は解約其の他如何なる処置にも一切苦情を申すまじき旨の被告宛の誓約書を差入れさせた上認可するのが相当と思料したことその結果被告は同年七月末頃原告から右趣旨の誓約書(乙第一号証の二)を差入れしめた上「昭和二九年六月一五日附申請失業保険任意包括認可申請の件昭和二九年六月一五日附で認可する」なる文言の同年八月五日附文書を作成し、これを館山公共職業安定所長を通じて原告に交付すると同時に同所長から口頭を以て同人及び従業員組合幹部に対し前記誓約書の趣旨を説明せしめ尚その際従業員一同を代理する訴外佐藤秀雄及び原告から前に提出したものと同文の誓約書(乙第一号証の三)を差入れさせたことを認めることが出来、証人石持秀男、戸沢重雄の各証言中右認定に反する部分はたやすく措信し難い、しかして以上認定のような事実関係である以上、被告の本件認可は原告において「季節的循環的に離職者を発生せしめ」たときは被告は将来に向つてこれを取消し得る旨の撤回権留保付の行政行為と解するか又は被告が右の場合に認可を撤回することは相手方たる原告及び利害関係人たる従業員等において予め同意していたものと解する外はないが、本件認可につき作成され、原告に交付された前記文書に何等附款の記載のないこと、及び行為の相手方以外である従業員等代理人からも誓約書を差入れしめた点を見れば本件認可はこれを附款つき行政行為と見るよりはむしろ右認可については原告及び従業員等による予めの撤回の同意が為されていたものと認めるのを相当とする。よつて進んで原告が「季節的循環的(被告はこれを周期的と云うが、同意義である)に離職者を発生せしめ」たかどうかにつき按ずるに原告は「季節的周期的」であるには唯一度離職者を発生せしめたのでは足りず、くりかえし離職者を発生せしめたことを必要とすると主張し、右文字のみから言えば原告主張の通りに見えるが、被告が原告等をして誓約書を差入れしめたのは前記認定の通り原告の事業が昭和二七、八年両年度秋において従業員に対する賃銀の支払高極めて少く季節的に離職者を大量に発生せしめる事業であるとの疑があり、従つて加入の認可を為すべからざるものに対し加入の認可を為すかも知れないという懼を持つたためである。被告が原告等から誓約書を徴した右動機から考えれば被告は原告の事業が加入認可の基準に達しないことを露呈するにおいては直に将来に向つて認可の効力を消滅せしめたいとの意図を有していたものと云うのを相当とすべく証人青木太郎の証言に依れば右被告の意図は原告及び従業員等にも説明し了承を得ている事実を認めることが出来るそうだとすれば、たとい一回の大量の離職者の発生であつてもこれによつて従前のことと併せて原告の事業が加入認可の基準に達しないことを露呈するにおいては被告の認可の条件はこれにより満されるものと云うことができる。而して前記乙第一〇号証、原告本人尋問の結果及び証人三瓶一馬、蛭間晃の各証言並びに昭和二七、八年の二ケ年間秋に離職者を出したことを被告が認めている事実とを総合すれば原告の事業は鯉の餌鰯を採る三、四月頃から七月頃までの漁獲を主としこの期間に一ケ年の収入の大部分を挙げ、鮪の餌鰯を採る一一、一二月頃の漁獲を次とし更に鰹の餌鰯漁獲と鮪の餌鰯漁獲との間の期間につなぎとして煮干鰯を漁獲するのを第三番目の業務として来たが(但し鮪の餌鰯の需要は昭和二七、八年頃からである)暑い時の煮干は値打ちが少いため八、九月頃は出漁しないことがしばしばであること、原告方の賃銀支払方法は漁獲高払であるため、出漁しないときは賃銀の支払高が皆無となるため右八、九月頃には従業員の内半数以上は原告の許を離れて他所において自由に働き、原告方で出漁が始まると大半は帰つて来て再び原告方の従業員となること、その間原告は同人等に休業手当は一銭も支給せず、又解雇予告手当をも支払はないこと、昭和二七、八年秋には原告は相当長い間煮干鰯の漁獲を取止め大量の離職者を出したこと、昭和三〇年度は正月頃から鰯の不漁で出漁を取止め二月頃大量の離職者が発生したとて原告から被告に離職票の発行を求めたが被告から休業を以て処理すべく、あくまで離職票の請求を撤回せざるにおいては、認可を撤回すべき旨厳重に注意されて原告はその際は休業として処理したこと、同年九月には従業員約百名中七、八〇名の離職者を出し、為めに被告は多額の失業保険金を支払うの余儀なきに至つたことを認めることが出来る。而して右認定に係る原告事業の昭和二八年度までの状態と昭和三〇年度二月及び九月の状態とを併せ考えるときは、原告事業は季節的周期的に離職者を発生せしめて失業保険任意包括加入認可の基準に達しないことを明瞭に露呈したものと云う外ない。原告は昭和二七、八年度の離職者の発生は原告の任意の出漁取止めに基因するから、三〇年度のそれと併せ考うべきではないと主張するが、原告の二七、八年の出漁取止めが不漁乃至収支採算上の都合に基因しないとの事実については何等立証がないから右原告の主張は採用し得ない。以上のようだとすれば前記認定にかかる被告撤回に対する原告等の同意の前提要件は昭和三〇年秋における大量の離職者発生により満されたこと明であるから被告の本件認可の取消は適法である。よつて原告の本訴請求を理由がないとして棄却すべきものとし訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 内田初太郎 山崎宏八 桜林三郎)